Wonder Land



ベアンガの巻 執筆中  我人 作



 ※スドニータ出身(正確に言うとスドニータの町近くの森で出生)。父親はキコリ、頼まれれば舟も造る。漁師とは仲がいいが、猟師といさかいが多かった。ベアンガがまだ幼いころ、父親は森で猟師の流れ弾に当たり死亡。現在、母親と妹がひとり。ウエスタカンで金鉱採掘人として働いている。

ベアンガの夢は、父親のベアスのようにたくましいキコリになることでした。それはそれは大きな樹でも、ベアスがいとも簡単に切り倒してしまうのを、幼いころのベアンガは尊敬のまなざしでいつも見るのでした。
「父ちゃん! 見ていて。僕、この木を切るから」
「そうか、すごいな。でも、ベアンガ、ちょっと待って」
「・・・?」
「その木は、まだ子供なんだよ。これから大きくなろうとしているんだ。ほらっ、聞いてごらん」
「聞くって何を?」
「木の気持ちをさ」
「・・・」
「木だって生きているんだから、切る前にその木の気持ちを聞かなくちゃな」
「うん、わかった。聞いてみるよ。・・・・・・・」
「どうだい? 何か言っているかい?」
「う〜ん、よくわからないや」
「そうか。じゃ、その木は、まだ切られたくないのかもしれないな」
「父ちゃんは、よく聞こえるの?」
「もちろんさ。父ちゃんは樹木の声を聞きながら切っているのさ」
「じゃ、切られる木は何て言ってるの?」
「おまえや母さんや、人間みんなのために役に立ててくださいねって言ってるんだ。ただし、枝をひとつ、同じ場所に植えてほしいってね。それから近くに生えている子供の木は切らないでとお願いもされているんだ」
「ふ〜ん。・・・じゃあ、この小さな木は、その大きな樹の子供なの?」
「そうだよ。ほら、ここに落ちている木の実は、動物でいえば卵なんだ。ほとんどは他の動物たちに食べられてしまうけれど、残った木の実は地面にもぐって、根を生やし空に向かって幹を伸ばしていくんだよ」
「そっか。じゃ、ボク、この小さな木は切らないね。父ちゃんが切っている大きな樹を切るね」
「よーし、できるかな? ほら、がんばれ」
「うん!」

 鉱山の町「ウエスタカン」は夜が更けてもネオンサインが明々と灯っています。ワンダーランド中から、金鉱石の鉱脈を見つけ一獲千金をと狙う輩たちが集まっています。砂漠のオアシスを囲むように家が建ち、その三分の一は鉱山労働者たち相手のお店になっています。
 ベアンガはこの町に来てから、ときどき父親と楽しく過ごした子供の頃を思い出すようになりました。生まれ故郷のスドニータでは、父親が不慮の事故で天国に逝ってから、ずうっと父親の冷たい寝顔しか思い出せませんでした。
 父親の後を継いでキコリになりたいと思っていたはずなのに、突然生まれ故郷を離れ、このウエスタカンに来てしまいました。さぞ、母親と妹は悲しんだことでしょう。キコリとしての父は、ベアンガから見て完璧でした。とうてい自分には届かない人に思えたのです。そして、母も妹も同じように思っているにちがいないと。
 木を切っていたある日、ベアンガにも不慮の事故が襲いかかりました。仲間の切った木が倒れてくるのを気づかずに、枝の先が顔を直撃したのです。この事故で、ベアンガは左目を失ってしまいました。このことがきっかけで、さらにベアンガはキコリとしての自信をなくしてしまったのです。
 あるとき、木を切っている途中で斧を捨て、母親に鉱山の町に行くことを告げ、家を出たのでした。妹もすでに成人し、母娘ふたりでつましく暮らすにはなんとかなりました。ベアンガは、鉱山で一儲けしてすぐに帰るつもりでした。父のいない家を守るために、若いベアンガにはその選択が正しいと思えたのです。

 オアシスのほとりで、ベアンガはまた同じ回想を繰り返しています。父親の太い腕がしなり、大木を一直線に切り倒していく光景を。この町に来て三年、ベアンガは一獲千金を夢見る多くの人たちを見てきました。そのほとんどは、夢破れて故郷に帰っていく者ばかりでした。子供の頃の思い出にひたることは、負け犬のように逃げ帰りたいからかもしれないと思うこともありました。それでも不屈の精神を父から受け継いだはずだと自分に言い聞かせながら、こうしてウエスタカンに留まっていたのです。
 毎夜、オアシスのこのほとりでベアンガは星空を眺めながら眠りにつきます。今夜もいつものように、マントを毛布がわりにして静かに眠りに落ちていきました。

 東の山の端から陽がのぼり始める同じ刻に、毎朝の寝覚めがおとずれます。まだ早朝ですが、町の繁華街には人通りが多く見られます。鉱山では、昼夜となく金鉱を掘り当てようと働く人々がいます。夜から採掘する者たちが、一喜一憂して朝の町を賑わしているのでした。
 ベアンガはいつも昼間に採掘します。鉱山に向かおうと繁華街を通り抜けようとしたとき、見慣れない子ブタが酒場に入ろうとしていました。誰も制止しようとしません。たしかに、この町では子供とはいえ採掘の権利は認められていますが、酒場に出入りするのは感心しません。持ち前の道徳観念で、様子を見ながらおそるおそる酒場に入ろうとしていた子ブタのうしろから近寄り、そっと肩をつかもうとしましたが、子ブタの動きで首に手がかかりました。
 顔を見ると、思ったより年齢は行っているようでした。それでも成人には見えません。そのブタがいまいましそうな顔をしているのを見て、思わず声を荒げて言いました。
「ここは子供の入るところじゃないぞ! 早く家に帰るンガー」
 ブタは片目の大男であるベアンガを怖がるどころか、舌打ちして店を離れました。
 ベアンガはブタを一瞥したあと、いつもの鉱山に向かいました。洞穴のなかで採掘をしながら、さきほどのブタの顔を思い出していました。なにか理由があって町にやってきたのだろうか? あの酒場に何の用があったのだろうか? 身なりを見た限りでは採掘をしている風には見えない。誰かを頼りに採掘をしに来たのだろうか?
 そんなことを思いながら日が暮れ始めていました。いつもの道をいつものように町に引き返し、少しばかりの金鉱石を両替した後、レストランでささやかな夕食をとりました。お酒を一滴も飲めないベアンガは、友達と呼べる人はほとんどいませんでした。酒場に出入りすればそれなりに友人もできるかもしれませんが、元来ひとりでいることが好きでした。

 日も暮れ、オアシスのいつもの場所で眠りにつきました。
 翌朝、騒ぎに目覚めました。見れば、近くのほとりで山犬の連中が例のブタを押さえつけて、なにやら大声で怒鳴っているのです。ベアンガは急いで近寄り、噂では乱暴な連中である山犬たちに声をかけました。
「おい、おまえたち、子供相手にむちゃをするな、ンガー」
 山犬たちが一瞬ベアンガに気をとられた瞬間、ブタは一目散に逃げていきます。ベアンガはそれを確認して、山犬たちが追いかけないようにさらに言いました。
「あいつは俺の知り合いだ。文句があるなら俺に言うンガー」
 実は、ベアンガに友達ができない理由に、町のみんなから少し畏れられていたのでした。町に来たときから無口で、しかも片目の大男。なにやら近寄りがたい怖さを誰から言うともなく噂になっていたのです。
 山犬たちは弱そうな相手には強気に出るのですが、一見強そうな者には尻込みをするタイプです。顔を見合わせていた彼らは、一言も文句を言わずに立ち去っていきました。しかし、それを根に持つことは確実です。ベアンガは正直なところ、やっかいなことになったと内心思いました。

 その心配は、数日後に事件となって起こりました。
 いつものように畔で目覚めると、傍らに大きな麻袋が置いてありました。そこへ採掘者たちのボス的存在ともいえる男とその取り巻き数人が、山犬たちを先頭にやってきました。山犬たちは麻袋を指差して言いました。
「ほら、だんな、コイツが犯人ですぜ。俺らは見ていたんですよ、このクマやろうがみなさんの大事な道具を盗むところをね」
 ベアンガは山犬たちの仕業だと言いましたが、男たちは麻袋の中身を確認し、怒りのあまり信じてくれようとしません。荒くれ者の多いこの町では、盗人は縛り首の刑という決まりがあります。さすがの力持ちのベアンガでも、町全員を敵にまわしては勝ち目はありません。今なら数人の相手だけでしたので、無実の罪ですが逃げるしかなさそうです。
「信じてもらえないようだな。ならば仕方がないンガー」
 そう言うと、立ち上がり両手を大きく広げました。その巨体に向かう者はいません。ベアンガが思い切り吼えると、その場の全員が後ずさりしました。
「俺は無実だが、この町にはもういられないようだ。町を出て行くが、文句のあるヤツは今すぐ出てくるンガー」
 ボスの男が、恐る恐るベアンガに言いました。
「町のしきたりに反することになるが、二度とこの町に近づかないというなら見逃そう」
 山犬たちは残念そうに舌打ちをしましたが、ベアンガが片目でギロリと睨むと、飛び込むようにボスの男の背後に隠れてしまいます。ベアンガは悠然と歩き出し、北の町を目指してウエスタカンを去っていきました。

(・・・つづく)



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